「初心者向け・初めての医学部合格にまつわる話」

目次

1.「初心者向け・初めての医学部合格にまつわる話」

●外国人で初めて東京大学医学部合格
●日本初!授業なしの個別指導で医学部合格
●初めての医学部受験をコーチング

2.「医学部合格最年少にまつわる話」

●アメリカの天才少年
●7歳でハーバード大学医学部の解剖学試験に合格

3.「医学部合格の最年長は?」

●最近の医学部合格で最年長の記録は?
●合格者平均点を上回った55歳主婦が年齢により不合格
●64歳新人医師のドキュメンタリー

4.「医学部合格にまつわる有名人」

●医学部受験アドバイザーの有名人

●地方大学医学部合格の有名人

 

 

 

1.「初心者向け・初めての医学部合格にまつわる話」

  • 外国人で初めて東京大学医学部合格

韓国人としても外国人としても初めて東京大学医学部に合格したキム・イェガンさん(19歳)は、将来の夢は国連(UN)や国境なき医師団と語る釜山に住む女性です。

最初は一つの目標として東京大学医学部を目指していたそうですが、現実に東京大学医学部に堂々と合格し、最初はその事実が信じられなかったと語ります。

釜山の特別目的高校でもなく、国際高校でもない、一般の文系高校に通いながら東京大学医学部入試の準備をしてきた、キムさんの受験勉強は順調ではありませんでした。

 

「高校の正規授業以外に日本の大学入試に必要な日本留学試験、本試験の準備をしなければならなかったので大変でした。でも高校1年生のときから日本語を習っていて、その勉強が大きな助けになりました。」と語っています。

キムさんが日本語を習うきっかけを作ったのが、オーストラリアのメルボルン行きでした。

中学校を卒業した後、オーストラリアに渡ったキムさんは、現地で高等学校1学年課程を経て、日本語の正規授業を初めて受けたことが彼女の人生に影響を与えます。

 

韓国に帰国したキムさんは大学医学部入試を目指すことにし、数ある大学の中でもアジアで最高大学と称される東京大学医学部を目標にして、入試の準備をスタートさせます。

目標は明確でしたが、日本留学試験の準備、本試験に必要な課程の準備をキムさん一人でしなければならず、大変な努力が必要でした。

「単に日本語を学ぶのではなく、日本の文化や日本人の情緒を理解するのが大変でした。」と語っています。

まず、入試の前年11月に日本で日本留学試験を受け、書類選考、1月31日に東京大学医学部の本試験、2月に論述試験、3月に面接試験など第5次試験を経て、キムさんは東京大学医学部合格通知書を手にしています。

 

小さい頃から将来の夢は医師だったキムさんは、医師免許を取得後、専攻を活かし、国連(UN)や国境なき医師団のような国際的な奉仕団体で、世界を舞台に仕事をしたい」とさらに大きな夢を語っています。

釜山ひまわり児童センター所長で東亜大学病院精神科教授でもあるキム・チョルグォン氏の娘であるキムさんは、「東京大学医学部の最終合格通知を受け取ったときに、外国人入学生第1号と知りました。外国人として韓国人として、これから初めての道を歩むことになるので頑張ってみるつもりです。」と語っています。

 

  • 日本初!授業なしの個別指導で医学部合格

「授業をしない塾」武田塾は、日本初の個別指導のみで大学受験突破を実現する、逆転合格専門塾と呼ばれます。

武田塾はそもそも当時大学2年生だった創設者が、友人と一緒に「武田」という個人名で、2ちゃんねるの受験の相談に乗っていたのが始まりです。

ちょうど入試直前の1月で、今からでも逆転合格できる勉強法があると、独自の学習理論を披露したところ、想像以上に反響があり、ブログを開設すると受験ブログランキングで堂々1位になったので、「武田の受験相談所」というブログと地域に密着した受験情報をより詳細に書いた「武田塾町田校」など校舎のブログを開設しました。

 

そのうち、ブログだけでなく直接たずねてくる受験生の相談にも乗るようになり、教えられた勉強法で合格したという報告が続々と寄せられたため、「武田塾を作って欲しい」というネットユーザーの意見が殺到しました。

そこで今までと同様に「授業をしない学習方法」で、自学自習の徹底管理を重視した指導方法による武田塾を、御茶ノ水駅の近くに設立しています。

教科別の勉強法、大学別受験対策、参考書の攻略法・勉強法、センター試験対策・勉強法の他、学習コンテンツが充実しています。

 

医学部受験を対象にした武田塾メディカルでは、医学部入試対策は必要なし!と喝破しています。

まず、医学部特有の教科はありません。

医学部受験についてネットや書店で調べると、医学部対策の予備校や塾、医学部入試向け参考書など多くの受験対策があることが分かります。

だからと言って、医学部専用の英語や数学などが入試科目として独立していたり、他の学部と何か違う教科があったりするわけではなく、他と同じ学習内容の英語や数学が受験科目になっています。

 

もちろん難易度が同じということではないですが、フツーの参考書や塾・予備校で対応できないわけではなく、武田塾の生徒も実際に使用しているのは、市販の医学部対策ではないフツーの参考書で医学部合格を実現しています。

つまり医学部受験の難しさは、医学部特有の理由があるわけではないということです。

だとすると医学部はなぜ難しいとされるのでしょうか?

 

医学部は同じ大学の他学部と比較して、明らかに難易度が高い問題が出題されることが多いですが、国立大学の場合、全学部共通の問題が出題されることが少なくありません。

医学部が難しいと言われる理由は、合格点が高いことにあります。

国立大学医学部の場合だと、センター試験で地方大学の医学部でも85~90%の得点がなければ、その大学を受けることができず、仮に受けられても大変不利な状態で受験することとなるケースが少なくありません。

 

また、二次試験、私立大学医学部の一般入試でも、他の学部と比較して合格のボーダーラインの点数が1割ほど上がるか、問題の難易度が上がってもボーダーラインの点数が変わりません。

これらのことから医学部受験が難しいとされるのは、他の学部だと得意科目なら取れるような点数を、医学部だと全科目で取らなければならないためで、その点が最大の問題です。

そこで医学部受験の難しさに対応できる実力をつけるため、これまでの勉強の完成度を徹底的に高めて行く必要があります。

 

答えが分かっている参考書や予備校のテキスト問題で80%程度しか得点できなくて、初見の問題を解くセンター試験で90%を取れるわけがありません。

そのために一度解いた問題は完璧にモノにしておくことが大前提で、他の受験生と同じ参考書、テキストを使用していても、より完成度を高める状況を作る、「一冊を完璧に自分のモノにする」ことが医学部合格の条件であるというのが武田塾の学習理論です。

 

  • 初めての医学部受験をコーチング

現役医学部生や医師が医学部合格を目指す受験生に伝えるメッセージや医学部レポート、医学部合格のヒントを紹介したブログがあり、ブログの内容を中心にまとめた「医学部受験に強くなるマル秘テクニック」が出版されています。

ブログがスタートした初年度1年分の記事を中心にまとめた小冊子「医学部合格虎の巻」は無料配布されていて、初めての医学部受験で知っておきたい事柄が網羅されています。

医学部に関する情報の集め方、医学部に現役合格する勉強法、スランプ脱出法、合格体験記、メール相談、模試関連、奨学金関連、国際貢献関連などが紹介されています。

 

例えば「医学部に関する情報の集め方」では総論と各論に分かれ、総論では医学部入試全般の特徴から分析しています。

つまり医学部入試は他の学部と異なり、医師という職業と結びついた就職試験のような意味合いがあり、入社試験に面接が付きものであるように、医学部入試の多くで面接が課せられていること、そのため、医師という職業や医学部生活全般についてある程度知識を持っておく必要があること、面接対策としてお薦めの本を紹介しています。

 

各論では気になる志望校が決まっている場合の情報収集先として志望大学HP、予備校HP、「蛍雪時代」など受験雑誌、それ以外に各予備校が行うイベント、また海外の医療ドラマも見ていると役立つことがあるとしています。

「医学部に現役合格する勉強法」として、偏差値40台の高校2年生が国公立・私立大学併願で医学部受験をする場合を例に挙げています。

 

第1ステップは高校の勉強を頑張ること。特に国公立大学は全科目の成績バランスが必要で、学年順位を目安にすることを薦めています。

その高校から毎年国公立大学医学部に5人、東京大学・京都大学理系学部に5人現役合格しているとすれば、学年10位以内を目標に勉強するようにします。

内申書の評価が高ければ、推薦入試やAO入試など受験のチャンスが増えるメリットがあり、高校の勉強は担任教師や成績の良いクラスメートのサポートで、成績アップは可能ということです。

 

第2ステップは目標の学年順位に入れたら、全国模試で全国的な位置づけを確認すること。

高校3年生になったら、高卒生も受ける河合塾の全国統一記述模試のような、標準的な問題で出題される母集団が大きい模試を受けてみることです。

現役生の最大のライバルは既卒生で、自分の力がどのくらいなのかを確認し、高校の成績順位と受験の成績順位のギャップを見ます。

 

第3ステップは標準的な問題の全国模試で偏差値70を超えたら、志望する大学の難易度により、さらに難易度の高い駿台全国模試などを受けます。

重要なポイントとして国公立、私立を問わず、医学部は偏差値が高いからといって、難問を解くことに力を入れるのではなく、他の理系学部同様の共通問題の点数を満遍なく取れるようにすることとまとめています。

 

 

2.「医学部合格最年少にまつわる話」

  • アメリカの天才少年

『ザ!世界仰天ニュース』で放送された“9歳の天才少年”で、アメリカ・オレゴン州に住む日本人の父親と韓国人の母親を持つ、天才ハーフの祥(ショウ)君が紹介されました。

祥君は全米に知られる、類まれな才能を持つ天才少年で、3歳でショパンのワルツを弾き始め、一般的には文字は4歳から覚えると言われているところを3歳から文章を書いていたという天才ぶりでした。

5歳のときにアメリカで2校しかない名門ハイアリー・ギフテッド・スクールを受験し、祥君のIQが200以上だということが判明しました。

 

1996年に当時最年少のわずか5歳でエリート学校に入学し、7歳で高校の単位を取得するようになり、9歳にしてずっと年長の大学生と同じ内容の勉強をしていました。

大学入学時の適性試験で驚異的な学力を見せ、名門ハーバード大学の平均点が1300点のところ、祥君は1500点という驚異的な好成績でした。

9歳にしてイリノイ州シカゴのロヨラ大学に入学し、昆虫などに興味があったため、生物学を専攻、12歳で大学の最優秀賞を得て首席で卒業しています。

 

13歳のときにシカゴ大学医学大学院に進学し、もちろん世界最年少の医学大学院生となり、遺伝子学や細胞学を学んでいます。

大学院修了後はシカゴ大学附属病院の研修医として勤務しています。

13歳当時、インタビューを受けたときには将来、医療関係の研究者か教授職に就きたいと話していましたが、シカゴ大学医学大学院生時代に病気で苦しむ同じ年頃の子ども達と出会った経験から、大学院修了後は小児科医の道に進んでいます。

 

分子遺伝学と細胞学の博士学位を取得しており、ピアノの腕も高く、ピアニストとしてリサイタルも行っています。

飛び級制度が認められているアメリカならではの天才少年の話ですが、世界には驚異的な頭脳の持ち主が存在しているのですね。

 

  • 7歳でハーバード大学医学部の解剖学試験に合格

ウィリアム・ジェイムズ・サイディズ(1898~1944)はアメリカ合衆国の数学者ですが、幼い頃から母親に英才教育を受け、神童として知られるようになり、7歳の時にハーバード大学医学部の解剖学試験に合格しています。

両親ともにウクライナ、ロシアからのユダヤ系移民で父親は心理学者、農民に読み書きを教えた政治犯として米国に移住し、ハーバード大学で心理学の教鞭を執りながら、精神分析家として患者の治療や多数の専門書を執筆しました。

母親は学校教育を受けたことはありませんでしたが、ロシアから米国に移住後、夫の個人教授を受けて医学部に進学し、医師となっています。

 

ウィリアムが生まれると、息子の教育に専念するため、医師の仕事を辞め、専業主婦となりました。

夫婦は息子の教育方針として一切の罰を与えず、早期英才教育で知識欲を育てるようにしました。

周囲の批判はありましたが、生後18ヶ月でニューヨークタイムズを読めるようになり、2歳でラテン語、3歳でギリシア語を習得、何と4歳で解剖学に関する学術論文を執筆しています。

 

8歳までに英語、ラテン語、ギリシア語、ロシア語、ヘブライ語、フランス語、ドイツ語、ウィリアム自身が発明したヴェンダーグッド語の8つの言語で複数の本を執筆しました。

6歳でグラマースクールに通い始め、上達が速くて3日で3年生に進級し、7ヶ月で卒業しています。

7歳でハーバード大学医学部の解剖学試験に合格、8歳でマサチューセッツ工科大学の入試に合格しています。

 

8歳でハーバード大学に願書を提出した際、学力は十分でしたが、そのときは入学を拒否され、その後早熟児のためのプログラムが認められたため、11歳で再度志願したときに入学を許可されたという逸話があります。

彼はハーバード大学入学者の中で史上最年少でしたが、数学教授の前で講義を行い、高く評価されています。

 

ただ、大学卒業後、テキサス州ヒューストンのライス大学の数学教授に就任するも、大学や自分より年長の学生たちへの不満が募り、1年も経たずに辞職、その後、ハーバード大学ロースクールに入学しますが、成績優秀にも拘わらず中退し、政治活動を行って逮捕され、不遇の人生を送るようになり、46歳で早世しています。

そのため、彼は大人になって成功しなかった早期英才教育の弊害の材料として論じられることがありますが、能力面というより、精神的な有害さが指摘されています。

 

 

3.「医学部合格の最年長は?」

  • 最近の医学部合格で最年長の記録は?

10数年前に50歳を過ぎて東京の杏林大学医学部に入学した人の話が記事になっていました。

京都大学出身の方だったと思いますが、仕事を辞めて1年間受験勉強に専念し、医学部に合格できたということでした。

当時の杏林大学は寄附金なし、男女差別なし、年齢差別なしで入学試験の点数勝負のみとされていたので合格できたようです。

 

ただ、医師国家試験の受験対策は学生任せで、6年間の医学部生としての勉強を終えれば、後は自分で受験対策をさせる方針のようです。

50歳を過ぎて医学部に入学すると、医学部6年、臨床研修2年、後期研修3年でトータル11年になりますので、61歳で医師として一人前のデビューとなります。

開業医に定年はありませんが、勤務医は定年が65歳とすれば、勤続年数は4年ほどしかありません。

本人は医師になれたという満足感があるかも知れませんが、それまでに要した年数や高い学費、国庫助成などが活かされるとは言えないですね。

 

  • 合格者平均点を上回った55歳主婦が年齢により不合格

2005年のニュースですが、55歳主婦が群馬大学医学部を不合格となり、情報開示を求めたところ、自分の得点が合格者の平均点を上回っていることが分かり、大学側に説明を求めると「年齢により不合格」と非公式に伝えられたため、提訴したという出来事がありました。

毎年春になると大学だけでなく、高校や中学の高齢卒業者が心温まるエピソードとして紹介されます。

様々な事情で若い時分に進学して勉強できなかった心残りがあり、高齢になっても向学心を持ち続け、家族も協力して長年の夢を果たすというのは良いニュースだと思います。

 

それと同じように医師国家試験最年長合格者も偉業としてニュースになり、もちろんご本人が努力された結果ですが、ちょっと考えたい問題もあります。

一般の大学、高校、中学は卒業することに大きな意味があり、高齢であればあるほど卒業しただけで大きな満足感を得られることは分かります。

しかし、医学部は卒業しただけでは意味がなく、医師国家試験に合格してようやく医師のスタートラインに着くことができます。

 

さらにその後、医師として一人前の仕事をして初めて意味があると思います。

55歳で医学部に入学して留年しなかったとしても、医師国家試験に合格するのは61歳、さらに2年間の臨床研修が必要で、普通であれば定年年齢となる医師に研修場所があるかがまず疑問です。

医師国家試験に合格していますので、義務研修は何とかなったとしても研修期間が終わると63歳で、これから医師としての経験を積みたくても勤務医は門前払いですし、その程度の経験で開業はムリだと思います。

 

特に国公立大学医学部は国から医師養成のため、巨額の資金が投入されており、その金額は私立大学医学部の授業料との差額に匹敵するほどで、年間で数百万円、医学部生の6年間で数千万円に上ると概算されています。

医師免許を仮に取得できても実際に医師としての仕事ができないようであれば、その巨額の税金の投入はムダになります。

医師免許は個人の目標や満足のために取得するのではなく、医師の仕事を通じて社会に還元してもらうのが役割であり、義務です。

 

ただ、大学側として医学部受験に年齢制限を設けることが難しいということがあります。

単なる免状のように医師免許が欲しいと思う受験生を建前上は、門前払いをすることができない仕組みになっています。

まさか難関の医学部入学試験を突破することはできないだろうと思っていたら、突破する年長者が出てしまったので、今回訴えられた件は認めるしかないと思います。

 

その上で今後はこの経験を活かして入試選抜法を設定するのが、妥当な考え方だと思います。

しかし、55歳の主婦が裁判で勝訴し、一年遅れで医学部に入学しても卒業時は62歳となり、医師として評価しづらいことは問題です。

 

  • 64歳新人医師のドキュメンタリー

50代で医師を目指して京都大学医学部を受験、合格して60歳で卒業した男性がNHKの番組で紹介されました。

高校教師をしていた男性は50代で医師を目指し、京都大学医学部を受験して合格、60歳で医学部を卒業しています。

ご本人の著書「限りなき階段人生を二度生きる」によると、医師国家試験に8回チャレンジして、当時最高齢の63歳で合格し、念願だった医師になる。」とあります。

 

医師としての経歴は90年代以降、鹿児島県・奄美群島などの病院に勤務、船医となったりしたこともありました。

男性の経歴から分かることは、50代からであっても京都大学医学部に合格できる高い学力を身につけたという、医師となるための必要条件があったことですが、学力試験で合格点を取っても、医学部に入学できるかどうかは別問題で、年齢は障害になったはずです。

しかし、ご本人の著書によれば、男性はその当時の京都大学医学部長の教授に手紙を書き、「50歳を超えている者ですが、もし、試験の回答ができていましたら、入学を許可して頂けるでしょうか」と尋ねたそうです。

 

それに対する学部長の返事は「京都大学はそのような年齢差別は一切致しません。安心して試験を受けて下さい。」だったそうです。

つまり、京都大学総長でもあった学部長から「年齢差別はしない」という確約を取り付け、「平等」のタテマエを現実に保障させたことで、合格のための十分条件を作れたことになります。

これからは色々な大学医学部が中高年の学生を受け入れるために、熟年医師が社会にとって有用であることを示す必要があると思います。

 

それが説得力を持てば、制度面でも中高年医師を支援するルールづくりが考えられていくことになると思います。

男性の医師としての経歴にある、離島の病院勤務や船医となったことがひとつのモデルになるかも知れません。

50代から医師を志望する人の多くは、それまでの人生で何かひとかどの成功を収めた人が第二の人生として医師を目指しており、経済的なゆとりがあってこそ目指せると言えます。

 

つまりは人生に対して欲張りなわけですが、欲張り人間が社会から認められるには、第一に優れた知力、第二に若い人がイヤがる仕事を自ら引き受けるという2つの条件が求められます。

第一の条件は何はさておき、入試の筆記試験で好成績を上げることです。

第二の条件の若い人がイヤがる仕事というのは、医師の場合、離島やへき地での勤務が該当します。

 

過疎地での医師不足は深刻ですが、若者はできることならより医療環境が整った都会の大病院に勤務し、活躍したいと考える人が多いです。

一方、50代から医師になる人は、そもそも欲張りな人生として医師を目指したのですから、都会の病院で働く好待遇を選ぶのではなく、へき地の勤務を進んで希望することで社会の理解を得ることができると考えるべきです。

 

話は変わりますが、50代からの第二の人生で優れた知力、若い人がイヤがる仕事を引き受けるという2つの条件を満たした歴史上の人物として、全国の地図測量を行った伊能忠敬がいます。

彼は50歳のときに19歳年下の天文学者に弟子入りし、その時点で第一級の数学や天文学の知力を持っていたようです。

全国を歩いてコツコツ測量するような地味な作業も、若い人がやりたがらない仕事で、幕府から測量のためのお金はもらわず、自腹を切って測量を続けたということです。

 

ついには当時の日本地図という偉業を成し遂げる伊能忠敬と、50代から医師を目指す人の共通点はホンモノの知力を持ち、困った人を助ける、社会の役に立ちたいという志、本気があったということです。

50代から医師を目指す人のホンモノの知力と本気を活かす制度化が望まれるところです。

 

 

4.「医学部合格にまつわる有名人」

  • 医学部受験アドバイザーの有名人

東京都出身の受験アドバイザー、福井一成氏は医学博士、内科医、医療法人の理事でもあります。

福井氏は開成中学・高校を経て東大文科Ⅱに合格し、半年間で東大文科Ⅱを仮退学、10月から受験勉強を再開し、12月下旬の河合塾の東京大学オープン模試で、東大理科Ⅲの成績優秀者リストに名前が載り、翌年、再受験で東大理科Ⅲに合格したという異色の経歴の持ち主です。

当時の東大には在学したまま、東大の入学試験を受験できる仮退学制度があり、入学試験に合格すると文科Ⅱを本退学となって、理科Ⅲに進学し、入学試験に落ちれば仮退学を取消し、文科Ⅱの2年生に進級できるという制度です。

 

福井氏が理科Ⅲを再受験した理由は、出身の開成高校から現役合格者を増やすため、合格確実な文科Ⅱを勧められて従ったが、元々医学部志望だったこと、仮退学制度により、文科Ⅱのスベリ止め校が100%保証されたこと、司法試験の勉強を半年間やった結果、司法試験より理科Ⅲの方が簡単だと分かったこと、自分が考案した福井式勉強法(東大理科Ⅲ攻略法)が正しいと証明したかったことの4つです。

 

福井式勉強法とは5つの特徴があります。

1.通常は思考して解く科目とされる数学や物理を丸暗記する。

2.東大入試頻出分野の徹底対策(英文の大意要約や現代文/200字の感想文など)

3.開成高校時代の校内模試で学年トップだった理科と古文(東大古文の6割以上的中)

4.発売中のすべての参考書をチェックし、周囲の受験生に差をつける。

5.1日の勉強時間15時間(睡眠は8時間、休憩は1時間)

 

この勉強法で東大文科Ⅱから理科Ⅲに合格したわけですが、過去に前例がなく、その体験がエール出版社の合格体験記に掲載され、受験アドバイザーとしての執筆活動のきっかけとなっています。

福井式勉強法は認知心理学に基づく勉強法から成り立っており、同じく受験アドバイザーとして有名人の和田秀樹氏に次ぐ影響力を誇っています。

福井式勉強法は和田秀樹氏と共に、受験生に人気の漫画「ドラゴン桜」と共通点が多いと言われます。

 

主なジャンルは勉強法ですが、その他にも脳科学やビジネス書、海馬の長期記憶のメカニズムを基にした暗記法を勧めています。

ロングセラーは「一発逆転マル秘裏ワザ勉強法」で改訂20版を重ねており、週間売上がノンフィクション部門で全国10位になった「夏休み計画の立て方」、韓国語に翻訳出版された「大人のための科学的勉強法」などが代表作です。

 

  • 地方大学医学部合格の有名人

医師を目指して医学部合格の可能性を検討し、志望大学を選択するわけですが、せっかくの大学生活を過ごすのですから、キャンパスライフをイメージして志望大学の1つとして考えるのはどうでしょうか?

例えば地方の国立大学の方が観光地や自然豊かな環境に囲まれ、気軽に気分転換したり、リフレッシュしたりできるので、勉強に集中できる環境として恵まれているという場合もあります。

その場合、地方大学医学部だと将来の医師としてのキャリアが心配と思う人がいるかも知れません。

 

地方大学医学部出身でも本人次第で将来の道を切り開いている有名人はいますので紹介します。

北海道大学医学部卒業の辻本豪三さんは、ゲノム創薬の第一人者です。

東北大学医学部卒業の川島隆太さんは脳の活動の仕組みを解明し、専門分野にした医学者で、大ヒットした脳を鍛える大人のDSトレーニングの考案者です。

つまり本人のやる気と努力が重要ということです。