「医学部合格とその後の人生」

目次

「医学部合格とその後の人生」
●国立大学医学部合格後、始めた学習塾が天職に
●東大医学部合格者に名医が少ない理由

「医学部合格をめぐる知られざる世界」
●ノートの取り方が型破りなできる生徒たち
●医学部入試面接への向き合い方

「海外の医学部合格事情」
●海外の医師養成との比較
●医学教育の専門分化が進むアメリカ
●診療科ごとの免許が必要なイギリス
●アメリカのグローバルスタンダードを追う韓国

 

 

「医学部合格とその後の人生」

  • 国立大学医学部合格後、始めた学習塾が天職に

中学、高校時代に成績が良かったわけではなく、父親をガンで亡くしたことから高校2年生の夏に医学部受験を目指すことにし、勉強に励むようになった男性は、浪人時代、経済的余裕がなく、予備校に通えませんでした。

工場でアルバイトしながら英単語を覚えたり、倉庫のアルバイトで朝早くから夜遅くまでバイトをしたりして、土日は疲れて勉強どころではなくなり、結局1浪目のセンター試験は散々な結果に終わります。

2浪目は朝5時から9時まで市場で働き、夜はファミレスでバイトしながら、昼間を勉強時間に充て、かなり本気で勉強しました。

 

受験勉強が本格化する11月からすべてのバイトを辞め、朝5時から夜12時まで勉強漬けの生活を送り、センター試験で92%獲得したので、倍率12.6倍の浜松医科大学に出願しましたが、合格できず、結局、後期試験で名古屋大学理学部に進学しました。

大学時代から予備校講師や塾の家庭教師のバイトをし、卒業後は大手予備校で数学科講師として職を得ました。

社会人となり、生活も安定した頃、もう一度だけ挑戦したいと思い、29歳で岐阜大学医学部医学科に入学することができました。

 

そのときは社会のために役立ちたいという一心で頑張りましたが、その後、様々な出来事があり、これまで自分の歩んできた人生を振り返り、自分は教えることが生きがいであり、教えることこそ自分の天職だということが分かりました。

それ以来、自分の人生は自分で切り開く!と一生懸命に頑張る生徒の応援をする、合格請負人としてこれまで300人以上を指導して来ています。

20年以上、大学受験指導に携わった塾長経験から見えてきた「合格する人のステップ」を徹底指導することで、国公立大学の合格率は9割を超えています。

塾長としての信念は「合格請負人が必ず合格させる!」です。

 

  • 東大医学部合格者に名医が少ない理由

東大理Ⅲは日本で最も優秀な頭脳を集めている医学部ですが、「ゴットハンド」と呼ばれる名医の経歴に「東京大学医学部」の名を見ることはほとんどありません。

また、同じ東大の他学部生に聞くと、「理Ⅲの学生はホントにスゴイと思うし、尊敬もするけど、自分が患者として命を預けられるかと聞かれたらノーです」という答えも返ってきます。

その理由は理Ⅲの合格者は、そもそも医者になりたくて理Ⅲに入った人が少ないと東大医学部OBは語ります。

 

ある東大医学部卒の研修医は、本当に医者を目指し、どうしても理Ⅲでなくてはならないという動機で受験した人は2割程度で、あとは勉強ができるがゆえに腕試し的な意味合いで、一番難しいテストが受けたかったという人が多く、勉強をやり続けていたらここに辿り着いたという感じだと言います。

建前では「人のために働きたい」と言いますが、本音では自分の能力証明と考え、東大理Ⅲの入試そのものが目的であり、その先の医師という職業はその後の成り行きぐらいにしか考えていないということです。

そのため医者へのモチベーションが低く、東大医学部の医師国家試験の合格率は2013年度で94.4%と、全国で17位、2012年度は92.7%で27位でした。

 

医学部入試の偏差値からすると下位だった日本大学医学部や、順天堂大学医学部の方が上位にランクインしています。

現役東大医学部生は、「東大は医師国家試験のための勉強はほとんどせず、講義でも試験対策は一切しません。教授も学生も試験対策をしなくても合格して当然と考え、実際、ほとんど合格しますが、落ちる人も出て来ます。」と語っています。

また、名医が生まれない大きな理由に、理Ⅲに合格する才能と医者の才能とは無関係であるということがあります。

 

奈良県立医科大学医学部卒の東京ハートセンターのセンター長は痛烈に批判しています。

受験勉強の才能は単にクイズの解答率が高いということであり、医師の資質とは別物で、東大医学部出身の医者で「この人」と思える人物に会ったことがないと言います。

東大医学部出身の医者の特徴に、リスクを取らないということがあり、減点方式の受験競争を生き抜いてきたプライドが高いためか、ミスを極端に嫌うわけです。

 

処置をどうするか迷うと、取りあえず経過観察ということにし、リスクを避けていますので、失敗は少ないですが、医者としては経験値が積めません。

例えば心臓外科医の場合、手術の結果が求められ、その際に必要になるのはリスクを乗り越えるための体育会系とも言える精神力で、東大医学部生にはそれが感じられない、医者になりたいというモチベーションが低く、ミスを恐れ、現状から踏み出せないのが大秀才集団の東大医学部生の顔だと言います。

また、東大医学部生や卒業生に話を聞くと、医学部に入った理由の多くが「食いっぱぐれないから」というフレーズだというのも象徴的です。

 

そもそも東大志望者に共通するのは、煎じ詰めれば保身のためであり、東大卒でなければできないことはほとんどなく、就職などで有利だから確かに食いっぱぐれる心配はしなくて済むでしょう。

大学の受験勉強自体、努力を積み上げ、将来のリスクを取り除く作業であり、リスクを取りたくない人間が集まっているのが東大理Ⅲだと痛烈です。

さらに東大医学部卒に名医が少ない理由に、そもそも名医を下に見ていると言う学閥に詳しいジャーナリストの分析もあります。

 

東大医学部の場合は、まず大学に残って研究者となり、助教授(助手)→准教授(助教授)→教授というエリートコースがあり、次に東大以外の有名大学で研究者となり、教授になるコース、続いて臨床医として有名な国公立大学病院に勤務するコース、開業医は最下位のコースになり、臨床医は東大卒のその後の人生としては落ちこぼれ扱いになります。

しかし、こと収入に限って比較すると順番は逆転し、年収数千万円、数億円も珍しくない開業医がいる一方、大学研究者は1千万円にも満たない場合がほとんどです。

ただし、大学教授は学会での権限、病院での人事権、製薬会社の接待など収入差を補って余りある恩恵があるのは事実です。

 

東大医学部卒の精神科医によれば、東大病院では実際、教授を目指す者が多いため、研修医の指導体制が整っていないと言います。

神経内科では指導医が常に丁寧に指導してもらえましたが、他の診療科では指導医が病棟に現れず、研究室にこもって論文を書いていました。

医者として臨床経験を積むより、教授になる近道として論文提出に精を出しているわけで、名医が生まれる環境にないということです。

 

ある東大病院職員は、東大医学部生は優秀でも医者としては無能というのが医療現場で定説になっている、高度な知識はあってもそれを活かすノウハウを身につけてないと証言しています。

肩書は教授でもまともに手術できない人が少なくなく、天皇陛下の心臓手術を代々受け持って来た東大病院ではなく、順天堂大病院の天野篤医師に譲ったぐらい、執刀医に足る医師が不足していると明かしています。

その一方で日本の医学界における絶大な権力があり、教授を頂点とする医局の力は計り知れず、名実ともに東大医学部は日本医学会の頂点であることは間違いありません。

 

全国の国立大学附属病院、関東圏の私立大学附属病院、都内の有名民間病院の多くが東大医学部出身の上層部に占められています。

2004に導入された新医師臨床研修制度により、かつてのような医局の人事権はなくなりましたが、長年築かれてきた人的ネットワークは健在です。

東大医学部医学科の学生及び卒業生、東大医学部助教授(助手)、准教授(助教授)、教授経験者のみが参加している同窓会組織「鉄門倶楽部」はそのネットワークの中枢となり、医学界のトップはすべて鉄門倶楽部に所属していると言われるほどです。

しかし、鉄門倶楽部の名簿に人の命を救う名医が何名載っているのかは定かではありません。

 

 

「医学部合格をめぐる知られざる世界」

  • ノートの取り方が型破りなできる生徒たち

医学部など難関校に合格する生徒は講義の聞き方、ノートの取り方も他の生徒とは違うという指摘があります。

医学部入試に特化したやや難易度の高い生物の講義を担当した講師のレポートを紹介します。

東京の私立中高一貫校出身の男子生徒は、いつも講義室の前の席に座り、講師の私の話に集中して耳を傾け、熱心に話を聞いているようでした。

最初は特に気を留めませんでしたが、私が黒板に膨大な内容を板書している際、他の生徒が必死にノートにメモしているのを横目に、彼がそのような素振りを見せていないことに気づき、彼の挙動がいつしか気になるようになりました。

ある日、細胞生物学の基本事項を説明する講義の時間がありました。

 

動物細胞と植物細胞の違いを説明し、植物細胞は色素や老廃物を含む液胞が発達し、細胞の外側が細胞壁で覆われている点で動物細胞とは大きく違うこと、植物細胞はそのために光合成に必要な水分を吸収しても、固い細胞壁のおかげで破裂することがないことなどを、体系的に理解できるように板書していました。

大半の受験生は私が板書するスピードに合わせ、そのスピードに追いつこうとノートに忙しくペンを走らせているのが分かりましたが、その彼だけは違いました。

板書の合間に時々彼の行動を観察してみると、私が話しながら板書しているときは、私の話に集中して耳を傾け、その後、ササッと多少ノートにメモを取るということを繰り返していました。

 

その日は細胞壁の話だけでなく、医学部入試に頻繁に出題される原核生物、大腸菌の内容にまで説明を広げて講義をしました。

大腸菌は植物ではなく真正細菌の一種であるのに、体が細胞壁で囲まれていること、しかし、植物細胞の細胞壁がセルロースであるのと違い、大腸菌の細胞壁はペプチドグリカンという物質で構成されていることなどを詳しく板書しながら説明しました。

高校の教科書や参考書にはここまで詳細を記述されていないので、これはさすがに彼も書き写すだろうと思いましたが、特に急いで板書を書き留める様子はなく、ノートに備忘録的に1~2行メモしているだけでした。

 

さすがに気になり、講義終了後、思い切って私の方から彼に尋ねることにしました。

講義中にあまりノートを取っていないようだが、私の板書の内容に何か不満でもあるのだろうかと。

すると彼はこう答えました。

 

先生の板書をノートに書き写して、家でその内容を復習することは大切ですが、ノートにすべて書き写すことが大事だとは考えていません。

生物の知識をノートに覚えさせても意味がありませんから。

僕は講義で聞いた内容から論点となるポイント、疑問点だけを自分の言葉でノートにまとめるようにしています。

今日の講義では大腸菌の細胞壁についての話に興味を持ちましたと。

 

講師としては半分納得、半分納得行かない心境で、彼のノートをチラっと覗いてみると、私の板書量の20分の1程度ながら、板書した内容の骨組みだけをまとめ、落書きのような図解入りになっていました。

彼が興味を持ったと言う大腸菌の細胞壁の項目の箇所にQマークがあり、その後に数行疑問点が書き留められていました。

Q 植物でない大腸菌はなぜ細胞壁があるのか?

その細胞壁は大腸菌の生存にどのような役目を果たしているのか?

 

この疑問は私が将来、医学部入試に出題されると考えていた質問だったので大変驚きました。

仮に大腸菌に細胞壁がなく、細胞膜だけの構造であれば、蒸留水など低張液中では不利益になるはずで、蒸留水の濃度がゼロである一方、菌体内の糖などは濃度が高く、外から吸水すれば細胞はぱんぱんになり、破裂して自然界で生き残ることはできないと思われます。

生物とは自分の生存に都合良く体を作り変えて行く不思議な存在であり、大腸菌もその一例であるということです。

 

医学部受験に特化した講義では、基本的に合格に必要で重要なポイントが講義されていますが、板書される内容のすべてが同じ重要度を持っているわけではありません。

そこを自分の判断能力で必要、不要に峻別するのは受験生としてかなり高度な能力と言えます。

そして、受験生ならぜひ身につけたい能力であり、医学部合格に向けて強力な武器となります。

 

誰かに教えられたか、自分で気づいたのか、まさしく彼はそのことを講義で実践しいていたわけです。

彼はその後、難関私立大学医学部に当然のように進学して行きました。

 

  • 医学部入試面接への向き合い方

医学部入試の難題は数学や英語、生物など学科試験の難化傾向ということだけではありません。

学科試験には一応、正解があり、解答ができないという難問は稀少と言えますが、2次試験の小論文、面接試験がクセモノです。

某大学医学部の口述試験の問題に、次のような内容がありました。

 

「小児がんに苦しむ子どもから“どうしてあなたは健康なんですか?不公平ではないですか?”と質問されたら、どう答えますか。3分以内で答えて下さい。」と。

いきなりこのような質問を面接試験でされたら、大方の受験生は一瞬フリーズしてしまうと思います。

しかし、これは実際に医師として仕事を始めて向き合わされる問題でもあります。

 

以前、この設問について予備校講師が、成績が優秀な受験生6名を集め、集団討論させたことがありました。

最初に質問が書かれたA4用紙1枚を全員に配布し、2分間おのおの考えてもらった後、「それでは皆さんで討論を始めて下さい。」と促しましたが、約3分間誰も口を開かず、予想通り、その後の展開は大変深刻な印象深いものになりました。

3分ほど凍りついた静寂が続きましたが、この難問に対し、確かな答えを持ち合わせていない、予備校講師は次のようなプロセスで説明しました。

 

1 この問題にスラスラ答える必要があるのか、この問題に答えが用意されているのか、受験生の君たちに答えられる問題なのか、と考えると決してペラペラ答えなければならないという問題ではないし、現役医師でも答えに困る問題である。

2 まだ医師でも医学生でもない受験生に問われていることは何か、と考えると医師としてと言うより、1人の人間としてどう考えるのかを問われていると思われる。

ただし、大学側としてはそれほど答えの内容に期待はしていないだろう。

 

3 では、この問題で受験生の何を見ようとしているのか、と考えると難題に直面した際の態度、姿勢、行動、対応力を見られているのではないか、この問題に対し、うろたえたり、絶句したり、苦笑したり、泣き出したり、顔を紅潮させたり、もがいたりと、受験生がどのような反応を示すのか、一部始終を観察されていると考える。

 

以上のような前提があることを踏まえ、もし、この問いに理論的に語ろうとするなら、この子どもの問いかけは、この子ども自身の問題として捉えるか、問われた医師の問題として捉えるかという整理の仕方もあるとしています。

ただし、悲しみ、憤りを感じているのが子ども自身の問題と捉え、この問いに向き合うのは子ども自身だと済ませることが適切だとは思いません。

大人の人間関係などの悩みとは異なり、自分の心の問題として解決の糸口を見つけ出せるような問題ではないのです。

 

がんに侵された子どもをひとり孤独にがんと向き合わせるわけには行きませんが、仮にもう治療のしようがない不治の病であれば、死にゆく人と生き続ける人の間に、不条理な越えられない線引きがされることになります。

当の患者の子ども自身から難問を突き付けられたら、たとえ医師でも心中穏やかにはしていられないでしょう。

この設問を受験生に考えさせた予備校講師自身、似たような体験をしていました。

 

医師を目指していた教え子ががんで、ある日突然に余命半年と宣告を受けました。

その少年を見舞おうと彼の病室を訪ねましたが、ドアの前で後ずさりし、彼にどんな言葉をかけるべきか、どのような顔をして病室に入るべきか、深刻な表情の方が良いのか、作り笑いでも笑顔の方がよいのか、まったく見当がつきませんでした。

そのため、病室では会話もなく、静かに時が流れて行くだけだったのですが、今、思うと設問の子どものように自分の胸中にある悲しみ、失望、憤り、死の恐れを体全体で訴えてくれた方が、どれだけマシで楽だっただろうかと思うことさえあったと言います。

 

相手の何らかの反応があれば、彼の発言の背景にある彼の感情を汲み、彼から投げかけられた言葉に対し、投げ返すことができたのではないかと思うからで、例えば次のような会話です。

「僕はもうすぐ死ぬ人間だが、あなたは健康でうらやましいし、不公平だと思う。」

「私は健康でこれからも生きて行くのに、自分はそれが叶わないことは不公平だと思うんですね。」

 

「そうだ。そんなの当たり前だ。」

「人は生命の長さが生まれながらにして同じでないとおかしいと考えているんですね。現実はそうではないから、不公平で悔しいと感じるんですね。」

 

彼が気持ちを言葉として吐き出したら、その言葉を受け止め、そのまま彼に返すことで、昂ぶった気持ちが少しずつ穏やかに鎮静化していくのではないかと思われます。

人の命をめぐる難題に関連して、ある難病を患った高校生の話も例に出しています。

両親を早くに亡くし、姉と2人暮らしだった少年は、不幸に追い打ちをかけられるように、余命半年の難病に侵されているということを知ってしまいます。

 

自暴自棄になった少年は万引きやケンカに明け暮れるようになり、生活が荒れ放題になり、たった1人の肉親である姉にも辛く当たり、怒鳴り散らすようになります。

「俺はもうすぐ死ぬんだ。姉ちゃんに俺の気持ちが分かってたまるか。」

弟にそう言われた姉は考えたあげく、意外な行動に出ました。

 

弟の命を助けることができないなら、自分の命を縮めて弟に合わせるしかないと考えました。

手首を切って自殺を図った姉は幸い、救急車に運ばれ、一命を取り留め、病院に駆け付けた弟は自分を思って捨て身の行動を取ってくれたことに感謝し、それからは気持ちを改めました。

もし、この話が設問に出されたとすると、医師を志す者は姉のように感情的な行動に走るのは適切でなく、弟の問題を自分の問題と考え、解消しようとするのも無理があると言えます。

 

最初の設問の問いに答えるとしたら、次のような答えが考えられます。

「“あなたが虚しく生きた今日という日は、昨日亡くなった人があれほど行きたいと願った明日かも知れない”という言葉があります。今の私にはこの小児がんの子どもに答えられる相応しい言葉が見つかりませんが、この子どもの気持ちは分かるつもりでいます。」

 

 

「海外の医学部合格事情」

  • 海外の医師養成との比較

医師を養成するための臨床研修制度は海外にもありますが、国によってその位置づけは少しずつ違います。

海外と比較することで、臨床研修制度をより深く考えることになりますし、医学教育から卒後教育まで範囲を広げることで、それぞれの国の医師養成の仕組みの違いを知ることができます。

日本の医療とも関係が深いアメリカ、韓国、イギリスの医師養成の制度を比較してみます。

 

アメリカは今や世界の医学の中心地となっており、医療のグローバルスタンダードとして日本の医師養成の仕組みと比較する価値は高いと思います。

イギリスは同じ欧米の教育制度で、アメリカと似ているようなイメージがありますが、医療制度はかなり違っており、医師養成の仕組みも大きく異なります。

韓国は戦前は日本の医学教育の影響を受けていましたが、戦後の医師養成制度はアメリカの影響を強く受けたものになっています。

それぞれの国と日本の医学教育、医師国家試験・免許制度、卒後研修のあり方を比較してみます。

 

  • 医学教育の専門分化が進むアメリカ

よくも悪くも分業化・効率化・専門家による合理化を徹底するアメリカでは、医師養成制度にもそれが活かされています。

例を挙げると医師国家試験USMLE(United States Medical Licensing Examination)は、ステップ1~3のそれぞれの段階毎に目的が設定されています。

日本の場合、医師国家試験に合格すれば免許が自動的にもらえますが、アメリカの場合、3段階のステップで徐々に成長していくようなプログラムが制度化されています。

 

また、州ごとに審査される医師免許が交付され、2~3年ごとに免許更新が義務付けられています。

卒後教育でも細かい制度設計がされていて、臨床研修もインターンシップ、レジデンシー、フェローシップと段階的に次のステップを上がるように定められています。

レジデンシー修了後に受ける認定試験(Board Certification Examination)に合格しないと、総合内科医や一般外科医として認定されず、医師として仕事ができません。

 

一方、フェローシップ修了後に受ける専門科認定試験(Subspeciality Board Certification Examination)に合格すると循環器内科専門医などとして認定され、高度な医療行為ができるようになります。

日本でも専門医制度が導入され、研修プログラムはありますが、アメリカのように各診療科に亘る統一的な制度とはなっていません。

また、医師国家試験を受けるまでの医学教育は4年制の専門職大学院であるメディカルスクールで教育を受け、学士号を取得します。

 

医学教育の専門家が関わり、ボランティア活動なども要求されます。

メディカルスクールに入学するには、共通試験MCAT(Medical College Admission Test)に合格する必要があります。

 

  • 診療科ごとの免許が必要なイギリス

イギリスもアメリカのように専門分化が進んだ国ではありますが、アメリカと異なる点もあります。

例えばアメリカだと総合診療科医より専門医の方が人気がありますが、イギリスだと総合診療科の家庭医(General Practitioner、GP)も評価され、注目されています。

イギリスの医療制度では、患者はまず家庭医を受診した後、必要があれば紹介状をもらって専門医の診療を受けるというシステムになっているため、家庭医の役割がとても重要です。

 

医学部の教育課程でも家庭医と大学の連携は強く、実際の実技試験で開業医が協力して試験管になったこともあります。

イギリスの大学医学部教育は5年制で、高校卒業後に面接、筆記、書類審査などの共通試験に合格して入学します。

イギリスでは大学の医学部を卒業すると、国家試験を受けなくても医師免許を取得できますが、診療科ごとに免許が必要になります。

 

最初の2年で基本研修(ファウンデーションプログラム)を修了後、家庭医(家庭医療/総合医療:General practice)と病院医(専門医療)に進路が分かれ、それぞれに必要な研修が行われます。

つまり、医療のジェネラリストになるのか、スペシャリストになるのかを研修を受ける時点で選択しなければなりません。

イギリスでは診療科ごとの免許制度のため、専門を一度決めたら、後からなかなか変更しにくいという点は不便ですし、弊害にもなります。

 

対して日本や韓国ではこのように診療科による研修の区分けはなく、原則的に自由に専門の診療科を標榜できますので、診療科を変えて様々な分野の経験を積むことも可能です。

日本や韓国のシステムでは専門家を効率よく育てる環境とは言えませんが、他の診療科を経験することで多様な知識と観点を持った医師を生み出す環境が生まれ、そのメリットも大きいと思います。

 

  • アメリカのグローバルスタンダードを追う韓国

これまでの大学医学部教育に加え、アメリカ式メディカルスクールを2004年に創設した韓国は、卒業後の研修のあり方もアメリカ方式に倣っています。

韓国の医学教育は高校卒業後に6年制の大学医学部に入学する方法と、他の学部を卒業後に4年制のメディカルスクールに入学する方法の2つがあります。

医学部卒業後、第三者機関による医師国家試験に合格すると医師免許が交付され、日本と同じくどの診療科も標榜できます。

 

医療の質や患者の安全性を評価する国際病院評価機構JCI(Joint Commission International)の認定を取る病院も多く、日本ではまだJCI認定病院は少なく、数えるほどしかありませんが、韓国にはすでに20以上の認定病院があります。

韓国では医療のグローバルスタンダード化に対応できる人材を教育する方針で、積極的に動いています。

アメリカの医療制度に追随することが重要ということではありませんし、それぞれの国独自の医学や医療の発展が重要だと思いますが、お隣りの韓国の医療教育制度を知ることも大切だと思います。